広島高等裁判所松江支部 昭和48年(行コ)1号 判決 1974年7月31日
控訴人兼被控訴人(一審原告) 竹本いわの 外六名
被控訴人兼控訴人(一審被告) 鳥取県知事
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴審における訴訟費用はすべて当事者各自の負担とし、上告審における訴訟費用はこれを二分し、その一を一審原告竹本長保承継人ら及び一審原告竹本初恵の、その余を一審被告の各負担とする。
原判決主文第一項の一審被告に金員給付を命じた部分は、仮りに執行することができる。
当審における訴訟承継に基づき、原判決主文第一項中、原告竹本長保への金員の支払を命ずる部分を「一審被告は、一審原告竹本長保承継人竹本いわのに対し金二一万三三〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月七日以降完済までの年五分の割合による金員を、同承継人竹本正夫、別所禮子、竹本義美、積田富美恵、磯部知鶴恵に対し各金八万五三二〇円及びこれに対する同日以降完済までの年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。」と、同第二項中、原告竹本長保の請求を棄却する部分を「一審原告竹本長保承継人らのその余の請求を棄却する。」と、同第三項を「(一審における)訴訟費用を三分し、その二を一審原告竹本長保承継人ら及び一審原告竹本初恵の負担とし、その一を一審被告の負担とする。」とそれぞれ変更する。
事実
一 当事者の求めた裁判
(一) 一審原告竹本長保承継人ら及び一審原告竹本初恵
「(1)原判決を次のとおり変更する。一審被告は、一審原告竹本長保承継人竹本いわのに対し金六一万八三〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月七日以降完済までの年五分の割合による金員を、同承継人竹本正夫、別所禮子、竹本義美、積田富美恵、磯部知鶴恵に対し各二四万七三二〇円及びこれに対する同日以降完済までの年五分の割合による金員を、一審原告竹本初恵に対し金四六〇万六八〇〇円及びこれに対する同日以降完済までの年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。(2)一審被告の本件控訴を棄却する。(3)訴訟費用は一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言
(二) 一審被告
「原判決中、一審被告の敗訴部分を取り消す。一審原告竹本長保承継人ら及び一審原告竹本初恵の各請求を棄却する。一審原告竹本長保承継人ら及び一審原告竹本初恵の本件各控訴を棄却する。訴訟費用は一、二審とも一審原告竹本長保承継人ら及び一審原告竹本初恵の負担とする。」との判決
二 当事者の主張及び証拠関係
次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決二丁裏八行目の「土地収用法三三条」の次に「(昭和四二年法律七四号による改正前のもの)と挿入し、同ページ一一行目から一二行目にかけて「都市計画法」とあるのを「旧都市計画法」と改める。)からこれを引用する。
(一) 一審原告竹本長保承継人ら及び一審原告竹本初恵の主張
1、一審被告は当審において、本件訴訟の被告とすべき起業者は鳥取県知事ではなくて鳥取県であるから本件の訴は不適法である旨主張するが、原審において一審被告は自らが起業者であることを認めていたのであるから、右は自白の撤回であつて許されない。仮にそうでないとしても、禁反言の法理によつて右の主張の変更は許されない。
2、一審原告竹本長保は昭和四八年三月一八日死亡し、その妻である竹本いわの、子である竹本正夫、別所禮子、竹本義美、積田富美恵、磯部知鶴恵が、法定相続分に従い(なお長保の子である竹本初恵、大塚忠重は相続を放棄した。)その権利を承継した。
(二) 一審被告の主張
1、本件のような土地収用法一三三条による損失の補償に関する訴の被告となるべき起業者は、本件の場合についていえば、行政庁たる県知事ではなく、法律効果の帰属主体たる県と解すべきであるから、一審被告は当事者適格を有せず、本件訴は不適法である。
2、収用委員会の裁決による補償額に不服のある土地所有者は、まず右裁決のうち補償額を定める部分について変更を求めるべきであり、本件のようにその手続を踏むことなく、直ちに起業者に対して裁決に係る補償額をこえる金額の支払を求める訴は不適法である。
3、旧都市計画法に基づく都市計画の目的は、交通、衛生、保安、経済等に関し、永久的に公共の安寧を維持し又は福祉を増進するための道路、広場、公園、緑地等の重要施設を計画することであるが、これによつて計画街路の用地として決定された土地につき建築制限が行われる結果、土地所有者の権利がある程度制約される結果となつたとしても、それは憲法二九条二項にいう、財産権の内容につき公共の福祉に適合するよう法律の加えた制約であつて、土地所有者が公共の福祉のために受忍すべき公用制限であり、その程度の点から言つても、土地所有権に本来内在する一般的制約というべきものであるから、これに対しては憲法二九条三項による補償を要しないというべきである。このことは、一般に不作為義務を課する公用制限については原則として補償を要しないものと解されていることからも根拠づけられる。
ところで土地収用を行う場合の損失補償額は、本件の収用委員会の裁決当時施行されていた昭和四二年法律七四号による改正前の土地収用法七一条によれば、収用裁決時の価格によつて算定すべきものとされていたから、本件土地が裁決の時点において右建築制限を受けている以上、そのような制限を受けている土地として評価された価額によつて補償額を定めるべきである。
なお、原判決は、補償額を収用されない近傍類地の価額を基準として決定すべきであるとし、その理由づけとして、土地収用手続を開始する事業認定(本件の場合は、旧都市計画法一九条により事業認定とみなされるところの都市計画事業の内閣による認可)により、土地が収用の目的物として指定され、告示されれば、以後その土地について通常の土地としての取引がなされなくなるのは当然であり、このような結果は収用処分自体に本来的に由来するものと解すべきことを挙げる。しかし、本件土地の補償額算定について問題となる建築制限は、収用手続の基盤を設定する事業認定によるものではなく、これに先行するところの都市計画の決定によるものであるから、前記のとおり土地所有権に内在する一般的制約として理解するのを相当とする。
4、仮に、本件土地の補償額は右土地が建築制限を受けていなければ裁決時において有するであろうと認められる価格によつて算定するのが相当であるとしても、その額は、当審鑑定人松川竹夫の鑑定評価額すなわち原判決添付第一目録の各土地(以下「第一物件」という。)については三・三平方米当たり一万二六〇〇円、同第二目録の各土地(以下「第二物件」という。)については三・三平方米当たり二万円をこえないものである。原判決が補償額算定の根拠として採用した原審鑑定人安達敏夫の鑑定は、価額評価の具体的方法が明らかでないうえ、第一物件の価額(三・三平方米当たり)の第二物件の価額(同上)に対する比率が他の諸鑑定の結果に比べて高過ぎることや、第一物件の価額が同じ時期に売買のあつた近傍類地である鳥取県総合事務所の敷地の売買価額三・三平方米当たり七一〇〇円の二倍余になる理由についても十分な説明がなされていないなど首肯し難い点が少くない。
5、一審原告竹本長保承継人らの主張する右一審原告の死亡の事実及びその相続関係はすべて認める。
(三) 証拠関係<省略>
理由
一 本案前の抗弁について
(一) 一審被告は、本件の訴について被告適格を有する土地収用法一三三条の「起業者」に当たる者は行政庁たる一審被告ではなく、鳥取県である旨主張するので、この点について検討するに、本件の訴は、旧都市計画法に基づいて一審被告が執行した都市計画事業のための土地収用によつて生じる損失の補償につき鳥取県収用委員会が一審原告らに対してした裁決に関するものであるところ、同法一六条、一八条により都市計画事業のための土地収用に適用されるところの土地収用法の八条一項によれば、同法にいう「起業者」としては、土地を収用又は使用することを必要とする一定の公益事業を行う者が予定されていることが明らかであり、一方、旧都市計画法五条によれば、都市計画事業の執行者は国の機関たる行政庁とされており、また同法六条によれば事業の費用は執行者たる行政庁の統轄する公共団体が負担するものと定められているので、このようないわゆる官営公費事業においては、事業主体としての起業者を事業執行者たる行政庁、費用負担者たる公共団体のいずれと理解することも一応可能であり、同法の個々の条文に規定される「起業者」がそのいずれを意味するかは、当該条文の内容に照らして決すべきである。そうして土地収用の効果として土地の所有権を取得し、補償金の支払義務を負う者(土地収用法六八条、一〇一条)が行政庁ではなく権利能力者たる国や公共団体であることは当然であるが、それ以外の収用手続の過程に起業者として関与する者は事業執行者たる行政庁であると解される(現に本件土地収用手続に起業者として関与した者が行政庁としての一審被告であることは、いずれも成立に争いのない乙第五号証、同第六号証の一によつて明らかである。)。もつとも、土地収用法一三三条の損失補償に関する訴については、後述のようにこれを給付又は確認の訴と解する限り、事業の管理者又は費用負担者たる権利義務の主体が当事者適格を有すると解する方が訴の性質に適合すると考えられる。しかしながら、前述のように都市計画事業のための土地収用手続において一般にこれに関与する起業者とは行政庁を指すものと解されることからすると、実質的には収用手続の一環としての性質を有する右訴訟に関与すべき「起業者」の意義を収用手続一般におけるそれと別異に解しなければならないとすることは、訴訟関係者、ことに起業者を相手どつて補償の増額を求める者に不測の不利益を与えるおそれがあり適切を欠く解釈といわなければならない。かかる観点からして(判決の既判力や執行力を行政庁の背後にいる本来の補償に関する権利義務の主体に及ぼすための理論構成の問題はしばらく措き)、旧都市計画法による都市計画事業に基づく土地収用の場合には、少くとも事業執行者たる行政庁も権利義務の帰属主体たる公共団体等とともに当事者適格を有するものと解するのが相当である(大審院昭和五年一月二九日判決、民集九巻二号七八頁参照)。したがつて一審被告は本件訴訟につき被告適格を有し、この点の本案前の主張は理由がない。
(二) 次に、一審被告は、収用委員会が裁決した補償額に不服のある者はまず当該裁決の変更を求めるべきで、その手続を経ることなく裁決に係る補償額以上の金銭の支払を求める本件の訴は不適法である旨主張する。しかし、土地収用法一三三条が収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する紛争を特に土地所有者・起業者間の訴訟によつて解決すべきものとしている趣旨は、損失補償額の多寡の問題がもつぱら両者の経済的利害にかかわる問題であつて、これにつき訴訟の段階に至つてまで公益の代表者としての収用委員会に関与させるのは相当でなく、所有者・起業者間での解決に委ねれば足りるとの見地に立ち、その限りで収用委員会の裁決の公定力を後退させたものと解するのを相当とする。したがつて、右訴訟は憲法上の具体的補償請求権を訴訟物とし、その存否の確認又は補償金の支払もしくは返還を求める訴訟であり、形成判決によつて裁決のうち補償額を定める部分の変更がなされることが右のような確認又は給付を請求するための論理的前提となるものではない。よつてこの点でも本件の訴は適法であり、一審被告の主張は理由がない。
二 本案について
(一) 当裁判所も、原判決と同様、本件土地について昭和三九年六月二二日鳥取県収用委員会の裁決した補償額は過小であり、その正当な補償額との差額は、一審原告竹本長保所有の第一物件につき六三万九九〇〇円、一審原告竹本初恵所有の第二物件につき一三〇万六八〇〇円であると認める。その理由は、次のとおり付加、変更するほか、原判決の理由中の判断と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決七丁裏四行目の「土地収用法七二条」の次に(昭和四二年法律七四号による改正前のもの。以下同じ。)と挿入する。)。
1、原判決の理由中、第一項の五行目以下(原判決六丁表二行目から七丁表三行目まで)を次のとおり変更する。
「一審被告は、本件土地は昭和二三年五月以後街路用地と決定され、建物の建築等の許されない土地として特定されており、右建築制限は土地所有権に本来内在する一般的制約として損失補償の対象とならないものであるから、右土地の収用による損失補償の額は本件裁決時における右のような制約を負担した土地としての価額によるべきであると主張するが、この点については本件を当審に差戻した上告審の判決において、土地収用法(昭和四二年法律七四号による改正前のもの)によつて補償すべき相当な価格とは、右のような負担が存しないとすれば裁決時において当該土地が有するであろうと認められる価格をいうものである旨の判断が示されており、右判断は下級審たる当裁判所を拘束するところ、これによれば、一審被告の右主張を採ることができないことは明らかである。」
2、一審被告は、原判決が本件損失補償額を算定するに当たつて依拠した原審鑑定人安達敏夫の鑑定結果を不当であるとし、本件土地の補償すべき価格は当審鑑定人松川竹夫の鑑定による額を最高限として相当とし、それをこえることはない旨主張する。しかし、右松川竹夫の鑑定結果によれば、街路用地たることを考慮しない場合の本件土地の裁決時における価額は第一物件につき三・三平方米当り一万二六〇〇円、第二物件につき三・三平方米当り二万円と評定するというのであり、右価額は第一物件については安達鑑定の価額(三・三平方米当り一万二〇〇〇円ないし一万五〇〇〇円。ただし、このうち一万五〇〇〇円の価額を採るべきことは原判決説示のとおり。)と大差なく、第二物件については安達鑑定の価額と全く一致する。また右松川鑑定はまず第二物件を評価し、その価額を基準として第一物件を評価したものであるが、第一物件評価の理由づけとして右土地につき街路用地指定による建築制限がされていることを挙げているので、右物件の評価が適正な前提の下になされているのかどうか疑いがあり、前記のようにこれと安達鑑定の評価とに多少の差があることは、右鑑定の結果を採用する妨げとなるものではない。また、安達鑑定人がその価額評価の方法について原審において説明したところは必ずしも委曲を尽していないけれども、右は、土地価額鑑定の性質上ある程度やむを得ない面もあり、また、右鑑定の結果が前記のとおり第二物件について松川鑑定と一致していることは、これを信頼するに足りることを裏づけるものである。なお、一審被告は、安達鑑定における第一物件と第二物件の単位面積当たりの価額の比率が他の諸鑑定における右比率と異なると主張するが、安達鑑定の第一物件の価額を原判決の相当と認めたようにすべて三・三平方米当たり一万五〇〇〇円と修正した場合、これに対する第二物件の三・三平方米当たりの価額の比率は一・三三であり、右数値は乙第一二号証、第一三号証の一、二の各鑑定評価並びに原審及び当審における各鑑定結果における同様の数値と比較した場合(一・二〇ないし一・五九の範囲)その中間に位するものであつて、なんら異とするに足りない(なお、松川鑑定によつても、街路用地とした場合第一物件は三・三平方米当り七、七〇〇円、第二物件は同じく一〇、四〇〇円と評定しその比率は一・三五である)。
(二) 一審原告竹本長保が昭和四八年三月一八日死亡し、竹本いわの、竹本正夫、別所禮子、竹本義美、積田富美恵、磯部知鶴恵がそれぞれ妻又は子として法定相続分に従いその権利を承継したことは、当事者間に争いがない。
三 以上によれば、一審被告は、一審原告竹本長保の承継人らに対し、前記第一物件に関する差額六三万九九〇〇円をその法定相続分(竹本いわの三分の一、その余の承継人ら各一五分の二)に応じて分割した金額と、これに対する収用の時期の翌日である昭和三九年七月七日(成立に争いのない乙第五号証、同第六号証の一参照)以降完済までの民事法定利率による遅延損害金を、一審被告竹本初恵に対し、前記第二物件に関する差額金一三〇万六八〇〇円とこれに対する同日以降完済までの民事法定利率による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九〇条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、なお前記の相続による訴訟承継が当審において生じたので、原判決の主文中一審被告に対し一審原告竹本長保への金員の支払を命じた部分につき、これを法定相続分に応じ分割してその承継人らに支払うように改め、そのほか右一審原告に係る部分をその承継人らに係るものに改めて主文のとおり判決する。
(裁判官 熊佐義里 加茂紀久男 小川英明)